「はい。栗原です」
「あの、ケンちゃんだよね?」
「ア?一応、ケンちゃんですが、あなたは」
なんだよ、新手のオレオレ詐欺か。切ろうかと思ったが、なんとなく面白そうだったので、話を続けることにした。人恋しかったせいもあるのかもしれない。
「誰でしょう?」
なんだよ、どっかのキャバ嬢の営業か。妙になれなれしい話し方にブチキレそうになった。
「ざけんなよ、オイ、コラ。電話切んぞ。メス犬野郎」
「チョ、チョット、待って。あなたのリカチンです」
「リカチンだ〜。コラ。誰よテメ〜」
いかん。ドメスティック入ってる。アルコール入ってることもあって、タイミング悪かったが、自分でも止めようがない。1人の時間をぶち壊された怒りが暴走しはじめるのがわかった。
「ちょ、ちょっとそんなに怒らないでよ。ほら、美森で一夜をともにした理香です」
「ああ……君か。おひさしぶり。どうしたの?美森から電話してるの?」
「ううん、美森じゃないよ。東京…。今日、ケンちゃんに資料渡した時に気付いたかなと思って…」
「あれ?て、ことは君、やっぱりうちの会社で仕事してたんだ。どうりで似てる人だと思った。秘書課に配属されたんだ」
「東京で仕事できるかもしれないって言ったじゃない。東京の派遣の会社に登録してね。富国電機の仕事が来たから応募したんだよ。ケンちゃんに会えるかもしれないと思ってさ」
「あはは、そりゃよかった。まさかこんなに早く会えるとは思えなかった」
そう言いながら、僕は半分醒めた気分と、ドキドキする気分を感じていた。一晩だけと思いながら、彼女の事をちゃんと心のどこかで覚えていたからだと思う。
「そう、それでね。今から会いたいんだけど……。会えるかな?」
「今から?今日はもう疲れたから寝ようと思ってんだけど」
「え〜ブー。寝るって、まだ、7時半だよ。小学生じゃないんだから。それに、こっちに来て日が浅いから友達もいないの。食事だけでも付き合ってよ」
「わ、わかったよ。でも、お酒飲んだから車乗れないんだ。タクシーで行くわ。君、今どこにいんの?」
「今、仕事が終わったばかりで、まだ会社の中にいる」
「じゃあ、会社から出て、そこいらで待っててよ。どこか待ち合わせできる所に落ち着いたら電話ちょうだい」
「うん、わかった」
「おう、じゃあな」
新しいシャツを出して、またスーツに着がえた。オフの時間にスーツを着て出かけるのも悪い気はしない。マンションの玄関から表通りへ出て、タクシーを呼ぶと富国電気へ向かった。 |
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