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◆やり残した夜◆
話が飲み込めない。いや、まったく理解できない。どうして僕だけがこんな目に会うんだ。まあ、愚痴ったところでしょうがないか。僕も寝ることにしよう。
目を閉じ呼吸を安定させ、やっと眠りにつこうと思ったときゴリがまた話し出した。
「栗原、栗原。おい、起きてるか?」
「はい、起きてますよ」
「うん、いや、別にあれなんだけど」
「眠れないんですか?」
「ああ……自衛隊時代でも実戦は経験したことはないからな」
「軍事訓練を受けたことのあるゴリさんがそんなんだったら、僕はどうなるんですか。パレスチナとかイラクとかで実戦を経験した傭兵たちが、うじゃうじゃいる中を突破しないと藤田の住むところにはたどり着かないんでしょう? 文字通り死ににいくようなもんじゃないですか」
「そうなるかもしらん」
「やめてくださいよ。縁起でもない。まだ遣り残したことが一杯あるんだから、死ぬなんてたまったもんじゃないですよ」
「遣り残したか……」
「どしたんすか? 急にしんみりしちゃって」
「いや、あの、みんなには秘密にしといて貰いたいんだけど……。実は俺、不倫しているんだ。いや、あの、明日死ぬかもしれないだろう。だからさ、話ときたかったんだ」
「いや、僕も明日死ぬかもしれないんで話ときますけど、ツタヤでDVD借りて明後日まで返さないと延滞料金とられるんですよ。ゴリさんが生きて帰ったら、返しておいてくださいね。宜しくお願いします」
「バカヤロー。レンタルDVDと一緒にするんじゃねえよ。俺の話は四十男の純愛なんだ。実は家の近くのスーパーでレジ打っている女性なんだけど美幸さんって言うんだ。彼女と……その親密な関係になったんだけど旦那がいてな。でもこの亭主は定職にもつかず、おまけに美幸さんに暴力ふるうんだ。
俗世間でいうところのドメスティックバイオレンスっていうやつだ。でも、世間的にも法的にも俺のほう立場が悪いんだ。結婚してるわけだしな。今の亭主より俺のほうが確実に彼女を幸せに出来るのに……。なあ、俺どうすればいいと思う」
「ゴリさん金持ってんだから弁護士雇って家庭裁判所に離婚調停を申し出ればいいんじゃないんですか。それとか、いっそのこと、旦那をドメスティックバイオレンス禁止法で逮捕させるとか。でも、彼女の意思を確認してからのほうがいいですよ」
「そうだな。そうしよう。俺ほんとに寝るから。じゃあ」
ゴリはまた、眠りについた。だが僕はまた目が覚めてしまい眠れなくなった。
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