「どうしたの?ケンちゃん」
「まぶしい光の出所は、ライオンのエンブレムだったんだけど、さわってたら外れちゃったんだ。マダムに謝ったら持って帰れって言われてさ」
「持って帰れって。あれって純金でしょう?そんな高価な物を渡しちゃっていいのかな?」
「よくわかんないよ」
オヤジがこの店のマスターに贈ったものだということは、話さなかった。僕はそのまま、とりあえず食べかけたパスタに手を伸ばした。どうもひっかかる。友達ね。親友ね。それだけで、あんな高価な物を贈るかね。納得いかねえな。怪しい、怪しい、かなり怪しいぞ。
まあ、でもいらないって言った以上、、これ以上聞くわけにもいかないからな。とりあえず、手帳にメモしておこう。僕は、胸ポケットから手のひらサイズの小さな手帳を取り出すと、「三番館・金色のエンブレム」と書き残した。
「ケンチャン、まだ、手書きの手帳使ってるんだ」
「ああ、どうも俺はこの手帳の方がいいんだ。モバは使い勝手が悪いんだよね。それより、ヤスオ。2人きりになったんで話すが、お前これからどうするつもりだ」
「え?、これからって」
「富国電気で緊急対策課に移ったのはいいけど、ひょっとして美森に帰ってきたいんじゃないのか?」
「どうしてそう思うの?」
「なんとなくだけどさ。昨日、オヤジさんとオフクロさんに会った時、お前、そんな顔してたよ」
僕がそう言うと、ヤスオは、そのまま下を向いてしまった。
「お前、もし美森に帰ってきたいんだったら、ITコンサルティングに転籍しないか?このまま、富国電気にいてもリストラ要員で一生終わってしまうだろう?
一旦、ITコンサルティングに緊急避難した方がいいと思うんだ。もちろん、職場は変わらないし、今と同じように仕事できる。取締役会の承認を得て、叔父さんが引退した後、富国電気の経営権を手に入れたら、富国電気をITコンサルティングの子会社にしようと思ってんだ」
「え、どうして?」
「せ、世襲は俺の代で終わりにしようと思っているからね……」
「そうか。ケンチャンが本当にやりたい仕事は、富国電気を開かれた、みんなの会社にする事なんだね」
「他の奴には言うなよ。今の時代に世襲はないだろう。それに、死んだオヤジも、それを望んでいたと思うからさ」
「そうだね。僕もそう思うよ。まるで、ラストエンペラーみたいだ」
「ああ……でも、終わるわけじゃない。また始めるんだ。新しい時代をね」
僕とヤスオは、話が終わると互いのグラスを重ねた。
ほんの一瞬だが、輝く音色が響きわたった。そして僕は、また信頼できる仲間を手に入れたような気がした。
僕らは食事が終わると会計をすませて店を後にした。結局、エンブレムは受け取らなかった。 |
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