「賢一……」
その時だった。突然、衝撃とともに、エレベーターが止まってしまった。テレビのニュースで見たエレベータの事故の特集が脳裏をよぎる。
どうやら、フロアとフロアの間でエレベーターが止まってしまっているらしい。落ち着け、こんな時こそ落ち着いて。麻美も一緒なんだ。ここで僕がパニックになったらまずい。
「麻美、大丈夫か?」
その時だった。妙な持続音とともに、火山ガスのような強烈な臭いが漂ってきた。
「テメ〜、心配してやったのに、屁ぇかますとは何事だ。さっきまでのしっとりした雰囲気ぶち壊しじゃねえか、バカヤロウ」
「だって、驚いた瞬間に出ちゃったんだもん」
そう言いながら、麻美はハンカチで顔を押さえた。とにかく猛烈な臭いだ。徹夜が続いた疲れのせいもあって、目が回りそうだった。
「うげ〜、目にしみる。お前、朝、なに食ってきたんだよ」
「朝ごはんは食べてないけど、昨日の晩御飯は焼肉だった」
「焼肉食ったくらいで、こんなクセェオナラが出るかよ。お前、一度医者に診てもらったほうがいいぞ。それにしてもすげえな。化学兵器並みの威力だぜ」
僕は、そのままエレベーターの床にしゃがみこんだ。そのとたん、エレベーターがまた動きだした。ちょうど、次のフロアに近づいていたらしく動いたかと思ったら、すぐにエレベーターはドアが開いた。
乗り込もうとした人たちは、異臭に気づいたのか、乗るのをやめて、次々と鼻を押さえて、エレベーターから離れてしまった。
麻美といえば、さも僕がオナラをしたみたいに、ハンカチで鼻を押さえて、僕をにらみつけている。こうなると無理だ。いくら冤罪を主張しても、信じてもらえそうにない。
とにかくこうなったら、地下まで降りるしかない。各フロアで、エレベーターが開くたび、僕は「閉じる」のボタンを押して、先を急いだ。
「しかし、参ったな」
「ごめんね、賢一」
無事に地下の駐車場に着き、エレベーターホールから出ると、麻美が言葉をかけてきた。
「グローバル・エージェンシーの人もいたな。これから打ち合わせで通う時は階段を使うことにするよ。それにしても、警備員がかけつけたりすることにならなくてよかった。
化学兵器を使ったテロと間違われて警備員がかけつけて、実は、美人プロデューサーのオナラだったなんて分かったら、三流ゴシップ紙のネタにされるかもな」
「なんてこと言うのよ〜もう。それよりも車どこ? 早く送ってよ」
「確かB-3D12だたったかな。歩くけどついてきて」
しばらく駐車場をさまようと、康市のダットサンを見つけることができた。 |
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