「帰ったんじゃなかったの?」 
             
            「アキラに置いてきぼりくらっちゃったしね。あいつ、京介と意気投合しちゃってさ」 
             
            「そっか。アキラも京介も色々話したいことがあるだろうしな」 
             
            それきり、僕たちは言葉につまってしまった。エレベーターが上がってくるまでの時間がとても長く感じられた。 
             
            「それにしても、今日は散々こきおろしてくれたわね。完敗だわ。とりあえず、アキラが行方不明になっちゃって足がなくなったから、あなたに送ってもらいたいんだけど」 
             
            麻美がそう言い終えた時だった。ちょうどエレベータが来てドアが開いた。 
             
            「乗らないの」 
             
            「あ、いや」 
             
            麻美に促されて、僕もエレベーターに乗り込んだ。エレベーターが下に向かって動き出すと、また重苦しい雰囲気になった。 
             
            プレゼンが始まる前に喫茶店で話したことを思い出した。二度目のサヨナラを告げたつもりだったのに、なぜこんなに僕たちは近くにいるんだろう。決して触れそうもない麻美の心を目の前にして、僕は何もできないでいる。 
             
            「なぜ黙ってるの? 私を送るのがいやなら別に無理しなくていいよ。歩いて帰るから」 
             
            「無理するなよ」 
             
            「やっぱりいいわ。借りを作りたくないしね」 
             
            「ちゃんと、話がしたいんだ」 
             
            「え?」 
             
            麻美が視線を僕に移した。 
             
            「何も話せなかったじゃないか。別れる時も。そして今日また会った時も。もう昔のようには戻れないのは分かってる。それでいい。でも、ちゃんと向かいあってくれよ。サヨナラを告げるなら、ちゃんと伝えてほしい。僕はあの時のまま、ずっと時間が止まってしまっているんだ」 | 
           
        
       
       
       
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