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そういえば、そうだった。彼は、出勤する時にかならず商店街の入り口にある、このたこ焼き屋によるのだ。たこ焼き自体はそんなに好きじゃないって言っていたから、どうやら看板娘がお目当てなのだろう。

「なんだよ。ビビッてトンズラこいたのかと思ったぜ。しかしまあ、たこ焼きとはね。こっちが気合入れまくってるときによ」京介が気の抜けた声を出した。

今回のプレゼンは、佐藤がいないとはじまらない。クライアントに、予算や見込み売り上げといった、具体的な経済質問を受けた時、僕らだけじゃ、説明できないからだ。

佐藤は、数字に強いだけじゃなくて、狸じじい連中を煙に巻く、ディベートの達人でもある。京介がわが社最強の「攻め」なら、佐藤は、わが社最強の「ディフェンス」だ。

「おはようございます」

しばらくするとドアが開いて、軽く会釈しながら佐藤が入ってきた。

「ほんとにおせえよ。今日が何の日だかわかってんだろうな」京介がそう言うと、佐藤は「ええ、もちろん」と言って、銀縁の眼鏡の奥から、にやついた顔を見せた。

僕が「てことは、プレゼンの準備は、ばっちりなんだね。でもちょっと遅くない〜〜〜」そう言うと「今日は渋滞していたもので……」佐藤はうつむきながらそう言った。

「でも、君の右手のそのたこ焼きは、なに? たしかにあそこは行列のできるたこ焼き屋だけど、会社的には、優先順位ってあるよねえ」

「カンベンしてください。プレゼンの準備はばっちりですから」佐藤は、きまずそうな顔をすると、七三に分けた前髪を人差し指で整えて、自分の席に着いた。

京介も康市も、必死に笑いをかみ殺しながら、自分の仕事をこなしている。おそらく二人とも、佐藤が、たこ焼き屋の看板娘にメロメロになっている事に、気づいていたのだろう。

外で佐藤を待っていたペコちゃんが、オフィスに戻ってきた。そしてコーヒーを持ってくると、佐藤の机の上に置いて会釈した。


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